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 タヌキ猫です。今日08月12日は何の日かご存じでしょうか?

 30年前の今日、1985年(昭和60年)08月12日
 東京(羽田)発 大阪(伊丹)行き 日本航空123便 が
  (B747-SR100(シップナンバーJA8119)
 群馬県上野村にあります高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根)」

 に墜落した事故の日です。 


 タヌキ猫のブログでは「旅行ブログ」として、海外旅行記では
 行ったつもりになれるように、旅行記を展開しておりまして、

 ここ数年は、航空機事故についての記事は一切書かないことに
 していました。

 飛行機が好きなタヌキ猫ですから、とりわけ「JAL」について
 多く取り上げてきました。

 今年は、123便墜落事故から30年という節目になりますので、
 「空の安全」を願う気持ちから、書かせて頂ければなと思います。




 1985年08月12日 日本航空123便は乗客509名・乗員15名の
 524名を乗せて、羽田から伊丹へ向けて離陸しました。

 1985年は、東京ディズニーランド開園3年目にして、
 つくば科学万博が開催された年でもあり、当該便にも、
 
 夏休みということもあり、多くのお子様連れのお客様が搭乗
 していたそうです。

 伊豆半島に差し掛かろうとした時に、突然の衝撃音と共に
 垂直尾翼の60%近くが吹き飛ぶ事態となり、操縦不能に陥り

 32分、飛行を続けるものの、御巣鷹の尾根に墜落するに
 至った航空機事故です。

DSC03160_convert_20150806163834.jpg

 この日本航空123便墜落事故により520名もの尊い命が奪われ
 生存したのは、たったの4名のみとなったそうです。

 30年を経た2015年08月12日現在でも、
 単独機による航空機事故において、死亡者数世界最多と
 なっています。


 タヌキ猫の、拙い文章により、「思い」が伝わるかどうか
 心配ではありますが、決してこの航空事故を風化させることなく

 後世にも引き継いでもらって、
 このような航空機事故が無いように祈ると共に、

 「空の安全」を怠ることなく続けることの
 戒めとして、書いてみたいと思います。


 それでは、続きからご覧ください。

 日本航空123便墜落事故から30年を経て
 日本航空本体に勤務する社員約11,000人のうち、

 実に9割が事故後に入社ということで、当時の状況を目の当たり
 にしてきた人は、ほとんどいません。

 タヌキ猫は、既に生まれていましたが、幼かったこともあり、
 当時の記憶としては残っていません。

 母に当時のことを聞いてみると
 「なかなか飛行機が見つからなかったのよね」というのは
 言っていました。

 毎年、この日には、過去の映像と共に事故の様子がテレビにて
 映し出されますが・・・

 「J・A・L JALという文字がはっきりと見てとれます」
 この墜落現場の印象がとても強く残っています。


 実際に日本航空123便墜落事故とはどのようなものだったのか?
 30年の節目ということもありますし、「安全」をおろそかにさせてはならない
 という気持ちから、先の写真でもアップしております

 JALメインテナンスセンター1内にあります
 「日本航空安全啓発センター」を7月某日に見学させていただきました。
 (以前の場所からこちらに移転しています)

DSC03164_convert_20150806163855.jpg

 こちらの施設は、日本航空グループの研修施設として
 社員への安全啓発を目的に利用されていますが、

 研修に支障のない範囲内にて、一般の方でも見学が可能
 となっています。

 とかく「航空安全」に関しては、異業種からも、安全について学ぶ
 施設として、多くの人が来場しています。 


 センター内の写真撮影は一切禁止ということでありませんが、
 日本航空における旅客輸送時の死亡事故に関する案件の
 パネル展示や、日本航空123便の事故機のほんの一部ですが、
 展示されています。

 人数は1日2回でだいたい25人くらいづつなのかな。
 係の方が説明しながら、センター内を見学します。

 こちらのセンター設置の経緯は、決して綺麗事ではなかった
 かと思います。

 時の日本航空社長の名前が刻まれていましたが、名前を見ただけで
 アッ整備トラブルが続出した時だね・・・っていうのは直感しました。

 日航関係者の研修で訪れたと思われる皆さんは、
 書かれている安全への思いを、じっくりご覧になっていましたね。

 まず、パネルにて旅客死亡事故に至ってしまった事案の
 説明が行われます。

 扉の向こうには、日本航空123便(B747-SR100(シップナンバーJA8119)
 の垂直尾翼・後部胴体の実物が展示されており、

 二度と揃うことのないバラバラになった「鶴丸」の残骸を
 目の当たりにし、事故の悲惨さを30年を経た今でも
 痛いほどに感じざるを得ません。

 ボイスレコーダー・フライトレコーダーの実物も展示されており、
 スコーク77から墜落するまでの約30分の更新記録が

 フライトレコーダーでは、一覧におこして、見ることができ、
 ボイスレコーダーでは、音声を再現する形にてやりとりを
 聞く形となります。

 日本航空123便が墜落するに至った主要因とされる
 後部圧力隔壁の展示もされており、実際にボーイング社による
  
 修理ミス箇所と判明した部分もみることができます。

 このたった一つのミスがこれだけの大事故につながった
 現実を重く受け止めなければなりません。


 客室シートの展示もされており、とても原型をとどめておらず、
 客席なのかも分からないものもありました。

 30年を経ても、消えることのないあのシミは
 恐らくは、乗客の方のものでしょう。

DSC03166_convert_20150806163957.jpg
 
 搭乗されていた方の遺品の一部も展示されており、
 墜落時刻となってしまった、18時56分で止まってしまった腕時計

 墜落するまでの恐怖の時間の中で、家族にあてた遺書など
 とても、平常心では、見ていられません。

 しかし、これは、実際に起こってしまった航空機事故を物語る
 上での、貴重な資料です。

 70分という時間では、とても短かく感じました。


 墜落事故から30年を経ても、520名の犠牲となられました乗員乗客
 のご家族の皆様、また4名の生存者の皆様も途端の苦しみを味わい、

 今なお、癒されることのない苦しみと向き合われていることと思います。


 ひとたび、航空機が墜落事故を起こせば、そこは凄惨な現場となります。
 センター内でも、テレビでもその多くは映されませんが、

 当時の写真を見たりすると、その酷さに目をそむけたくもなります。


 この123便墜落事故を契機に、航空機の油圧系統の見直しや
 垂直尾翼に直接、風がいかないようにする弁の設置など
  (尾翼の中に、点検の為に、整備さんが通れる空洞があるんですね)
 航空機の見直しが実施されました。

 また、緊急時の救難活動の連携を強化すると共に
 当時は、DNA鑑定が確立する前でしたから、最終的な身元確認

 も叶わなかった方もいらっしゃると聞きます。

 今でこそ、位置確認はGPSで大した誤差もなく割り出すことができますが、
 当時は、まだそれだけの性能をもった機械がなく、
 
 場所の特定に大変多くの時間を要したそうです。


 この多くの犠牲を決して、無駄にすることなく
 そして、記憶を風化させてはなりません。


 これは他業種でも、旅客輸送を担う職業の皆さんは
 同じことがいえると思います。

 私事ながら、飛行機では安全運航ですが、運航の「航」が「行」と
 いうことで、父が定年まで無事故で勤めあげました。

 外から見れば、当たり前のことかもしれませんが、
 それを支えるまわりは大変なものがありました。


 とても、航空機と比べるようなことではありませんが、
 些細なミスでも、このような大事故につながります。

 飛行機を1機飛ばすのにも、見えないところで多くの
 皆さんが支えて下さるからこそ、無事に飛び立つことが
 できます。


 一部に不快に思われる方がおられるのも事実でしょう。
 記憶を早く、消し去りたいと思う人もいるかもしれません。

 しかし、記憶の風化・緩みは事故に直結します。


 今回は、航空業界に限らず、過去の大事故を教訓に
 二度とこのような大惨事を招くことのないように

 自分を戒める意味でも、大変、凄惨な内容ではありますが、
 ブログにて書かせて頂きました。


 普段、旅行ブログをやっていますので、気分を悪くされた方も
 いらっしゃるかと思います。

 しかし、今日の「航空安全」はこうした犠牲の上に成り立っている
 ことも忘れないでほしいと思います。

 墜落現場となった通称「御巣鷹の尾根」では、毎年
 慰霊登山が実施されています。慰霊の園では、新たに

 展示棟をキレイにしまして、記憶の風化をさせないように
 当時の写真と共に、事故の悲惨さを伝えています。


 上手く、タヌキ猫の思いが書ききれたか、また拙い文章にて
 思いが伝わったかは不安ですが、今回は30年の月日を経た

 日本航空123便墜落事故について、タヌキ猫なりに
 書かせて頂きました。

 
 日本航空123便墜落事故によって、犠牲となられました
 520名の皆様のご冥福を改めてお祈り申し上げると共に、

 4名の生存されました皆様のご発展を祈念いたします。


 

 二度と、このような大惨事を起こすことが無いように
 強く、強く、強く願って・・・。



 タヌキ猫でした。


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コメント
30年はあっという間だけど、
安全は、全てに優先すると思います。
このような事故が再び起きないことを祈るばかりです。

この事故が起きる1週間くらい前、
スカイメイトでJALの国内線に乗ったばかりだったので、
事故にはとても衝撃を受けました。
2015/08/12(Wed) 22:28 | URL | キュウ親 | 【編集
キュウ親さん、コメントありがとうございます。

安全は全てに優先される まさにその通りだと思います。
これだけの犠牲を出してしまった航空機事故を二度と繰り返さないためにも、

この事故の凄まじさを後世にまで伝えて
安全への誓いとしてもらいたいですね。

あぁ~1週間前にJALに搭乗されたとなると
ほんと、衝撃は大きかったでしょうねぇ~。

絶対に悲劇は繰り返してはならないと誓う日ですね。


タヌキ猫でした。
2015/08/12(Wed) 23:29 | URL | タヌキ猫 | 【編集
こんにちは。
私はこのニュース今でも覚えています。
北海道の短い夏休みも終わりに差し掛かっていた時に起きた事故。
テレビは何処も連日日航機墜落事故ばかり。
その中印象に残っているのが、
生存者の川上慶子さんの救出映像。

ボーイング社はこれを機に航空機の油圧系統が今まで1ヶ所に集まっていたのを他方向に改良された。と、聞きました。

現在でも航空機による事故はなかなかなくならないですね。
2015/08/15(Sat) 09:27 | URL | ヨッシー | 【編集
タヌキ猫様

お久しぶりです。タヌキブタです。覚えてますか。

あれから、早いもので30年が経ったのですね。

 たしか、就職して3年ほどたった朝に、職場でこの大事故を聞いたのが昨日のことのように覚えています。

500名以上の尊い命が犠牲になった大事故により、遠く離れていた私たちにも強い衝撃的を受けたことを鮮明に覚えています。

事故は起こしたくて起こした訳でもなくても、加害者があり被害者があり、それに関わった多くのご遺族の方々やそのご遺族の方々をサポートするため必死に働いた社員の方々があり、非常に無責任な立場の人間ですが、みなさんが、この事故の被害者の様に思えてなりません。

 改めて、事故で犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともにこの事故の教訓を生かしてさらなる安全性を追求した日本航空の復活を願ってやみません。

 ところで、私のような田舎もんにとって、たまに海外に行ったときの心細さは、言葉に表現できなほどですが、空港の入り口でJALの看板が見えてきたときの安心感は、海外慣れしていないわたくしのような日本人共通の思いがあると思います。これでやっと日本に帰れるという安心感の裏返しが、つい、JALカウンターでのでかい態度に現れてしまいます。(本当に田舎者ですみません。)

 わたくしごとですが、3人いる娘のうち、一番下の娘がこの3月に大学を卒業して、我が家にとって長い長い仕送り生活にようやく終止符を打つことが出来ました。

やっとこれで一安心と思ったのもつかの間、なんと贅沢に卒業旅行をねだられてしまい、最後のご奉公と思い9月3日から2番目の娘と二人でシンガポールに行かせることとにしました。

 娘たちだけでの海外渡航は経験がない我が家の大事な娘を安心して預けられるのは、わたくしにとって絶対日本航空しかありません。また、日本人の海外渡航を長年アシストしてきた実績のあるJALパックしか選択の余地はありません。

タヌキ猫さん、ここで朗報です。

 私、JALパックを申し込んでからのことですが、他社との価格差があまりにもあるため、せこい話ですが比較検討させていただきました。

 その結果、同一内容の場合、JALパックが一番安いことが判明しました。
かなり価格差のあった乗り継ぎ便のパックでさえ、JALの内容を伝えて料金を計算してもらったところ、ほぼ同一の料金になることが判明し、料金も含めて安心してシンガポールに行かせることが出来ます。

 長くなりましたが、娘が無事に帰ってきましたらJALシンガポールCクラス搭乗記をご報告させていただきます。

 また、楽しいJALネタブログを期待しております。





2015/08/15(Sat) 13:33 | URL | たぬきぶた | 【編集
ヨッシーさん、コメントありがとうございます。

また、久々にコメントを頂戴しまして、ありがたく思います。

あぁ、まさに、ダイレクトに見ていたんですね。
ホント、長い夜となってしまいましたね。

この事故を教訓に、飛行機の油圧系統の改善がされたそうです。
最近は、操縦する側の意図的なものによる事故なども見受けられるようになり、

テロ対策とは、また違った対応が必要になってきましたね。
気持ちが緩めば、大事故につながることを、この事故を経験していない

世代にいかに伝え、安全を担保するかがこれからも続く課題ですね。



タヌキ猫でした。
2015/08/16(Sun) 23:15 | URL | タヌキ猫 | 【編集
タヌキブタさん、コメントありがとうございます!!

覚えていますとも、ロンドンのファーストクラスを参考にしてくださいまして
JALのファーストクラスをご利用になられていましたもの。


やはり、当事者でなくても、30年前のこの事故を鮮明に覚えてらっしゃいますか。
今でも、単独機では世界最悪の事故となってしまいましたからね。

おっしゃるとおり、今でこそ、風潮が異なりますが、当時は
担当された方も、相当なプレッシャーの中で対応されていたかと思います。

新聞等で、30年前を振り返った記事を読んだ時に、決して、タヌキ猫が知りえなかった
情報に接した時に、絶対にこの事故を「過去」として風化させてはならないなと強く感じまして、

普段、飛行機とりわけJALを中心に書いているタヌキ猫のブログが
果たしてどこまで役に立つか分かりませんが、書かせていただきました。


田舎者だなんて、とんでもない!!タヌキ猫も異国の地で見る「鶴丸」にどれだけの
安心をもらえることか。

クアラルンプールのカウンターにある鶴丸は・・・
今のと違くないか???とツッコミを入れたくもなりますが。


最後のご奉公とは・・・。
でも、やっぱり、安心して送り出したい親心ですよね。

価格比べは、当然、出す側ですから、して頂いていいものを
見つけるのは、当然ですよ。


この事故を教訓に、二度と同じ過ちは犯さないという誓いの元、
タヌキ猫も含めて、海外で見る鶴丸に安心を覚える方も多くいらっしゃいます。

これからも、こうした期待を裏切ることのないように
JALには、「安全」に努めて頂きたいと思います。


最後になってしまいまして、申し訳ありませんが、
お嬢様方の卒業旅行が、心に残る最高にいい思い出となりますように、

そして、あんまり羽を伸ばしすぎないようにと
ちょっとした親心ではありませんが、満喫できることを願いまして。


タヌキ猫でした。
2015/08/16(Sun) 23:28 | URL | タヌキ猫 | 【編集
123便
事故から30年が経ち、技術の進歩で分からなかったことが少し分かる様になり、1歩ずつだけど何があったか真相に近づいているのかなと感じます。

飛行機、鉄道、船舶などの輸送機関は数々の事故、インシデントの対策により今日の安全が築かれています。

飛行機や列車の遅れで文句を言う人も少なくないですが、従事員だけでなく利用者も安全は全てに優先することを改めて考えないといけないのではないかと思います。

先日、相模湾の海底で123便の機体と思われる物が見つかったとニュースになりました。今より少し何かしら分かるのではないかと期待しています。

懸命に闘ったクルーに敬意を表します。
2015/08/19(Wed) 21:48 | URL | トトロ | 【編集
トトロさん、コメントありがとうございます。

タヌキ猫も相模湾海底で123便の機体の一部と思われる部品が見つかった
ニュースを見ました。

30年を経ても、事故を風化させまいと報道機関等でも
取り上げていますよね。

何よりも優先される「安全」その対策は、普段では、あまり目に見えてきませんが
この事故を契機とする「教訓」を決して、無駄にすることなく

この先、二度と同じ惨事は繰り返さない!!
と、決して、忘れてはならないと思います。


安全啓発センター内でも、緊急着陸後の脱出手順を
確認したCAさんの手帳など、最後の最後まであきらめることなく

この惨事に立ち向かった姿を見ることができました。


これからも「空の安全」を確保するためにも
この事故を忘れてはならないと感じました。



タヌキ猫でした。


2015/08/20(Thu) 19:38 | URL | タヌキ猫 | 【編集
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